この3月で役職定年になります。
これを機に今までお世話になった学校を回ってみました。
朝7時前に出発して、家に着いたのは午後2時過ぎでした。
結構走りました。
ちょっと疲れましたが、回ってみてよかったです。
いろいろなことを思い出しました。
当時は、河南町立鹿又小学校だったし、木造校舎でした。
ちょうど少し前に交通事故で亡くなった子供の教室の前でした。
2人で学校を閉めて急いで、帰りました。
当時は、鉄筋校舎でしたが、至る所が壊れていました。
1000人を超える学校で、朝会をすると1時間目の授業が終わってしまうような学校でした。
この校舎は、最近建てられた校舎です。
いろいろありましたが、仲間が増えました。
校舎は、とてもおしゃれで、ステンドグラスやレリーフがたくさんありました。
地域の方の8割は、千葉さんです。
平泉の落人が住み着いた地区のようでした。
地域がまとまっていて、たいへん温かく迎えていただきました。
この学校にいる間に、長期研修に半年、内地留学に2年間派遣してもらいました。
人生の大きな転機を迎えた学校でした。
そのせいか、ずっと高学年の社会科の教科担任でした。
とっても楽しい時間を過ごさせてもらいました。
集団で子供を担任するということが新鮮でした。
途中で、市町村合併があり、迫町立から登米市立に校名が変わりました。
学級担任を離れ、教務主任をさせてもらいました。
転職したような気分でしたが、面白かったです。
仙台市立沖野東小学校 平成22年から平成24年まで勤めました。
新人教頭として赴任しました。
2年目の3月11日は、忘れもしない東日本大震災でした。
津波を避けるための垂直避難や食料などでとてもいろいろなことを考えさせられました。
津波で、日頃の鎧が落ちで、人の本質が見えました。
いいところも悪いところも見せられました。
思い入れの強い学校です。
校庭が工事中でした。
というのは、間の2年間、宮城県が久しぶりに採用した民間人校長と一緒に仕事をしました。
なかなか考えさせられました。
勉強になりました。
慣れないシステム、知り合いの少なさに気後れしたこともありましたが、素直な子供たちで幸せでした。
学校職員も素敵な人たちでした。
勉強させて貰った3年間でした。
毎週月曜日に年休をもらって、福祉大でペアレントトレーニングに参加させて貰ったのもありがたかったです。
美里のホワイトハウスと言われる校舎です。
長さが100m以上あります。
1年目はいろいろありましたが、2年目は新設校のような雰囲気でみんなで学校を作りました。
その核となったのが、LIM(リーダーインミー)でした。
とても勉強になりました。
校長として最後の勤務校でした。
「自分大好き 友達大好き ふるさと大好き 宮小の子」の育成
自己肯定感を高めるための働きかけを全職員で行いました。
その結果、自分にはいいところがあるという質問で8割を超える児童が肯定的な回答を示しました。
子供達は、素直で明るく、素敵な子供達でした。
それを育てる先生方も素晴らしい方がたくさんいました。
毎日、学校に行くのが楽しみでした。
この38年間、本当に幸せな教員生活を送らせてもらいました。
お世話になった皆さんに感謝しています。